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 トライアルの競技者としてのキャリアに一区切りをつけてまもなくの頃、彼は、大小を選ばす、様々なエンデューロイベントに参加していた。ライダーとしての新しい道を模索していた。全日本エンデューロ選手権にも出場した。その頃、北海道の日高ツーデイズエンデューロに参加した。いわゆるオンタイム制というフォーマットの2日間競技だった。ルールが難しいと思われがちな競技形態だが、彼は特に気負うこともなく競技に集中し、溶け込み、楽しんでいた。考えてみれば子供の頃から世界のトライアルで鍛え上げられてきた彼にとって、この程度のことに適応するなどなんでもないことだった。
 また、それ以上に印象に残ったのは、2日間の競技が終わって、全国から集まった選手、チームが会場を後にしようとした時のことだ。すでにうす暗くなりかけていたパルクフェルメで、疲れた表情で後片付けをしているオフィシャルスタッフの人たちに向かい「ありがとうございました! 先に失礼します。本当に楽しかったです。ありがとうごさいました!」と声をかける田中太一の姿。いつも斜めにかぶっているキャップをとり丁寧におじぎをしていた。
 ぼくは、彼がどのように生きてきたかを知らない。だが、そうしたやさしさや気づかいの気持ちに触れ、草の根=ルーツで生きる人たちの苦労やよろこびをたくさん知っている人なのだろうと思っている。
 世間へのファイティングポーズの下に、彼はそのやさしさを隠し持っている。昨年のエルズベルグ。スタート前、あれだけ生意気を言っていたタイチ。だがフィニッシュにたどりついた時、インタビュアーのマイクに、向かって出た言葉は、遅い時間までライブ中継を見て応援してくれた日本のファンへの感謝の言葉だった。「みんな遅くまでありがとうございました!」いや、お礼をいいたいのはこっちだよ、と多くの人が思った。

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この記事の著者について

BIGTANK MAGAZINE 春木久史