三重県にあります「いなべモータースポーツランド」で行われている「エンデューロクロス」に参戦しているビースト浜田と申します。なぜかビーストというリングネーム(?)が付いておりますが本人ネコ好き、子供好きな至って温和な人間で御座いますので安心してください。ビーストという名前の由来は機会があればまたお話し致します…

さて、いなべモータースポーツランドといえば日本初のエンデューロクロス常設のコースがあり(コースディレクターSO4氏がYou Tubeで見た、グレンヘレンのエンデューロクロスコースをモチーフにしたそうです)、そこで行われるレースに毎回田中太一選手も参戦してくれています。自分は昨年9月29日に行われたレースで田中太一選手に勝った事があります!(ただ単に田中太一選手がタイヤ選択ミスで自滅しただけですが…)

しかしその後のレースでは惨敗続きです…

えっ? (゚Д゚ )世界の田中太一選手相手にエンデューロクロスで勝てるわけないだろって?

いやいや…自分はもうちょいと苦手なセクションのスピードを上げれば絶対勝てると思っております。
こういう事を書くと
「お前はなにを言ってるんだ?」
とミルコクロコップ並みに問い詰められる方もいると思われます。また「白昼夢でも見てるのかしら? コワイワネー」と近所の評判になっているのかもしれませんが…。

しかし!自分には某理化学研究所も納得させれるような?データがあるのです! そのデータに基づき練習していけば必ず勝てると信じております。そのデーターとは? 練習とは? また機会があればお話しさせて頂きます(引っ張りますなー)。

そもそも田中太一選手と始めて出会ったのは、2011年10月30日にいなべモータースポーツランドで行われたエンデューロクロスエキビジションででした。通常エントリーの一般参加者の僕達のレースのあとにJEC IA.JNCC AAクラスのライダー達と、あの田中太一選手を交えた1ラウンドがあったわけです。

写真 1
手前がワタクシで奥が太一選手です。この頃の自分はトランポもなく自走で現れてレースしてました。この頃のエンデューロクロスは、常設コースでなくモトクロスコースに石やタイヤや丸太を持ち込み、仮設コース的な感じでやっておりました。

この頃、自分の田中太一選手の認識といえば前年の11月14日にライドイズライフというオフロード総合イベントの一つとしてエンデューロクロスが行われ並み居るMXライダー、EDライダーを跳ね除け優勝をした! っていうのをなんとなく知ってただけで、周りの皆が「あいつはヤバい!」って言ってるのを「( ´_ゝ`)ふーん、そうなんだ」程度の感じで聞き流していた記憶があります。一般参加者のエンデューロクロスヒート1で優勝した自分は「スタートは得意だし前に出れば案外いいとこ行けちゃう?」と勘違いも甚だしい妄想をスタート前にしておりました。

そしてスターティングゲートが降りて一コーナーになだれ込むと田中太一選手がトップで自分は二番手! ここまでは思った通りの展開に! しかし! 2コーナーから5コーナーくらいまでモトクロスコースのままのレイアウトを利用しているのですがコーナやジャンプがメチャクチャ速い!
モトクロスIAレベルの走りでモトクロスコースを駆け抜けていき、ガレ場やログセクションはトライアルIAレベルの走りで駆け抜けていく走りを、後ろでモロに見て鈍器で頭をガツンと叩かれたような強い衝撃を受けました。

写真 2
そしてあまりにも田中太一選手の走りが衝撃的すぎて自分は一周目で走るのを辞めてしまいました。とにかくすべての次元が違う、というショックで走れなくなったというのが正直な所ですね。
これが最初の出会いでした…

つづく(?)

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