01

全日本スーパーモタード第3戦は福島県エビスサーキット。神戸から片道700kmの道のりです。遠征費節約の為、名古屋でプロクラスのズミ君(五十住選手)と合流し、2台積みで向かいました。チームは違いますが、同い年で友達でもありライバルでもあります。
02

■公式練習(15分)
天候は雨。ウェット路面の為、ドライよりファイナルをロングにしましたが、パワー感がなくNG。感覚も鈍くタイムも全く出ず、調子も上がらないまま終了。調子がいい時はピットに戻った瞬間、メカニックの弟が「OK!! ええ感じや!!」と言ってくれますが、「お疲れ」しか言わなかったので、ノレていないのは明らかでした。気持ちも天気のようにどんよりした感じでした。
04 03

■タイムアタック(10分)
調子もペースも上がらなかった為、とにかく攻め続ける事にしました。けんちゃん(#12 川留健一選手)のペースが良かったので、必死に追いかけました。けんちゃんはウェット路面でもスライドを激しく使い攻め続け、思わず後ろからでも見惚れてしまうほどでした。タイムは公式練習から4秒ほどアップしましたが、7番手。

■予選5LAP
3列目イン側。スタートは決まりましたが、1コーナーで行き場がなく結局8位に後退。周回数が5周しかないので、とにかく攻めました。攻めれば攻めるほど走りは安定。しかし自分の悪い癖が出てしまい、前車をなかなか抜けないままでした。弟のサインボードには「自分の走りで攻めろ!」の文字。弟にはすべてお見通しでした。それで冷静になり終盤、前の吾妻選手がブロックラインに切り替え始めたので、その隙を見つけダート手前で接触しながらインを差し、パスしました。7番手でフィニッシュ。

 

■昼休み
こんな僕にもたくさんの選手やメカニックさん、応援して下さる方々がわざわざテントまで声をかけにきてくれる。本当にありがたいことです。その中にS1オープンのライバルでトップ争いをしているPHANTOM RACING中村選手のメカニック、菊池さんが来てくれました。菊池さんは拳を心臓で叩きながら「ゆうき君、全然楽しんで走ってないやん! こんな遠いとこまできて楽しまんとどーすんねん! 気持ちで負けんな!」。その瞬間、僕は一番忘れてはいけないことを思い出しました。 「Enjoy!!」。

06

■決勝前
決勝20分前、思いもよらぬことが起きました。トイレに行こうと思ってコース近くのトイレに行く途中、コースを見ると小雨が降っているにもかかわらず、コース上はドライだったのです! 急いでテントに戻ると、僕たちのテントは日陰という事もあり、周りはかなり濡れていて気づきませんでした。かなり焦りました。なぜならマシンにはすでに前後新品レインタイヤが装着されていたから。もう焦りすぎて、造形社の岸澤さん、プロクラス#16吉田選手に助けを求めました。岸澤さんは他のライダーのタイヤとコース状況などを事細かく調べてきてくれました。「ほとんどみんなスリック! もうみんなタイヤを温めてる! ラインはフルドライだからレインタイヤは厳しいけど、ダートとダート後2コーナーまでは滑りやすいから、レインのほうが有利」とアドバイスをくれました。それを聞いて吉田選手と戦略を話し合いました。弟は指示を待っている。5分くらい話し合い、優柔不断な僕は決断しました。「前後中古レイン!」。コースはベストライン以外は濡れていると思うし、クロスラインで前を抜くしかない、でも新品レインタイヤは熱を持ちやすいから、山の低い中古にしよう。最後に決め手になったのは、みんなと同じことをしていてはそこまでだ、と思ったから。賭けだけど、レースを楽しみたかった。弟は手際よく前後タイヤ交換をしてくれました。ギリギリ間に合った…。

07

■決勝
グリッドに並ぶと、前後レインタイヤはひとりもいませんでした。みんなに「前後レインでいいの? 路面乾いてるよ!」と言われました。その時、変な自信はあったが、サイティングラップ1周、コースを見渡すと完全なるドライコンディション。ウェット宣言も解除されていました。タイヤを冷やす水たまりも無かった。絶望だった。唯一、絶望の中に光があったとすれば、ポールポジションスタートの#47金子選手がマシントラブルでピットスタートになったことでした。

08

スタートは成功し、1コーナーに突っ込む! フルブレーキングでレインタイヤのブロックがしなってラインがズレたが、7番手から5番手まで順位を上げ、抜け出した。オープニングラップ。5速まで入る裏ストレート。そのあとの左コーナーで2番手を走行していた中村選手のインサイドに、3番手の渋井選手が強引に突っ込み、中村選手を壁代わりにするように吹っ飛ばし、転倒したのを目の前で見ました。身の毛もよだつ思い。いくらフィジカルが強い中村選手でも、あの勢いと重いマシン(KTM690SMC)で当たられたらどうしようもできないようでした。その後2、3周経過するとフロントはグリップ感が低く、リアタイヤも溶けてグリップせず横にパワードリフトしてしまい、コーナーの立ち上がりはアクセルが全然開けれない状態になった。そして後方のけんちゃんにコーナの立ち上がりで並ばれ、ストレートで抜かれてしまいました。もうこのコンディションが続くとタイヤも限界で、後続車に容易にパスされると思い焦ったが、なんとか耐えました。

09

レース中盤、小雨だったのが少し強くなってきました。その時5番手でしたが、先頭グループの2台が転倒し、1番手千葉選手、2番手けんちゃん、3番手自分というグループが形成されました。

10

しかしまだまだ路面はドライで、食らいつくのも必死。残り3周、ゴーグルにつく雨が明らかに強くなってきた。まさか! と思いましたが、そのまさかでした。路面はみるみるうちにウェットに変わり、サインボードには「雨やぞ! 勝てる!」の表示。その頃にはレインタイヤのおいしいところは無く、ズリズリに溶けていましたが、水を得た魚のように勢いが増しました。1位の千葉選手はフロントレインタイヤということで、クリップポイントまではいいものの、リアがスリックでアクセルを開けられない様子。けんちゃんは前後スリックにもかかわらずペースを維持、かなり激しい走りをしていました。途中けんちゃんのワンミスを見逃さず強引にパス、でもすぐに抜き返された。しぶとい。残り2周、もうこの周に決めていました。勝負するポイントはダート直後の2コーナー。ダートに進入し、エビスサーキットの名物テーブルトップを飛ぶ。着地でけんちゃんの一本外側にラインを外し、次のコーナでインに飛び込みパスした。

11

すぐ目の前には千葉選手。挙動が安定しない中、アウトからかぶしていき、立ち上がりで並びパス! トップに躍り出た。そこからは逃げ切り。雨が強くなり、千葉選手、けんちゃんは追いかけてこなかった。

12

最後の1周、こけないように走った。無心で走っていたけど、途中でダートスポーツのカメラマン岸澤さんを見つけた時、このレースウィークの事、応援してくれた人の事、予選まで苦しかったことが思い浮かんできて頭がいっぱいになった。そしてチェッカーを受けた。勝った。
13

■まとめ
前日練習から予選までは全くいい走りが出来ませんでした。タイムも出ておらず、さえない走りでした。そこを改善するのが今後の課題です。しかし、その中で優勝出来たのは最後まで上位に食い込んで耐えて、走り続けたからだと思います。そして天気、運が後押ししてくれた、最高のレース展開でした。
14

本当にうれしかった。昨年S1オープンチャンピオンの吉田選手はこのエビスで初優勝し、そこから快進撃でチャンピオンまで登り詰めました。僕も同じくここで今シーズン初優勝できました。その吉田選手の愛用していた#1ウェアを引き継いでいます。自分もこの勢いでチャンピオンを目指します。

最後にサポート・応援していただいたたくさんの方々。アドバイスをくれた方。いつもかっこいい写真を撮ってくださる方。諦めずずっとサポートしてくれた弟。皆さんのおかげでレースが出来ています。本当に有難うございます。

photo/atsushi kurata, hideo kishizawa

 

■プロフィール
S1OPEN ライダー
所属チーム:TEAM HAMMER
#1 木下 裕規(きのしたゆうき)
ライセンス区分:MFJスーパーモタードA級
生年月日:1986年12月23日
住居:兵庫県神戸市
2013年 全日本スーパーモタード選手権 S1OPENクラス ランキング4位

Follow me!

この記事の著者について

アバター画像
ダートスポーツ編集部.月刊ダートスポーツは毎月24日発売!!
月刊ダートスポーツ 編集部です。